未知(道)

数年前脳梗塞で倒れた叔母は手術したあと化膿したので
頭蓋骨は外したままになっています
なのでいつもヘッドギァーを付けています
頭蓋骨なしの生活は 皮膚一重だけなので 脳の保護には危険ばかりなのです
再手術をするために厚生施設から 元の病院へUタ〜ンしてきました

加齢のことや入院生活をしていたことで筋力もすっかり衰えてしまいました
病院側の先生や家族と話し合った結果
メリットよりデメリットの方が高いとの見方から
総合的な判断で再手術を止める事になりました

実際に考えてみても 立つことも出来なくなってしまった今
死んだ方がいいとまで云った 手術後の苦痛や
抵抗力や免疫力も更に落ちているので
止めた方が良いのかも知れません

思いきってUタ〜ンしてきても 結局何を施すこともなく
見放されたようにも思えて 再手術という答えを出した 叔父もがっかりしたようです

でも 家に帰りたい一心の叔母は もう一度手術して頭蓋骨を治めたかったのです
「頑張る」・・って気持ちばかりは前向きの日々
私もそれが嬉しくて毎日毎日暑くても病院へ行きました

以前の時 リハビリへと 時間を決めて専門の先生を派遣してくれたり 
廊下へ出て みんなで号令を掛けながらのリハビリもしたのに
呼びにも来てくれなくなったとか
でも叔母は 「行く行く・・」って言ったそうです
叔父は 「俺はその姿をみて何度か連れて行き仲間に入れて貰った
良くなりたいばかりに 一生懸命なので 泣けて 泣けて・・・」と

先日のこと
「明日の10時に出て行って貰う」・・って見回ってくる看護婦さんが本人に言ったそうです
叔母はそのことを嫁が寄った時に話したそうです

「そんな大切なことを毎日行っている家族に言わないで・・
それも明日って? 全く動けない病人に」・・
話を聞いた嫁は 帰宅後すぐ病院へ掛け合ったそうです

こちら側だって余りにも無視されれば弁護士にだって相談する手もあるって・・
嫁は強く言ったそうです
自分では動くことの出来ない今 行く施設との確約があって初めて転院出来るものです
その点はケースワーカーに一任してあったようですが
話し合いがよく出来ていなかったようです

体は不自由だけど感情や心の目はしっかりしていて  
何気なく言ったことでも本人はちゃんと受けていたのです

へぇ〜本人がそう言ったの?(出て行って貰う・・って 覚えていた)・・ 
私は 耳を疑いました

またとんでもないこと言って驚かせたり 笑わせたり 痴呆も入ったのかなぁ
(食事が待てない 大声をだす じっとしていられない 我慢が出来ないなど)
何がほんとうのところか ちっとも分からない?・・
叔父ともそんな話をしたりしました

「あんなしっかりした人が こんなになっちゃう・・病気だから仕方がないけど」と
叔父もぼやくことしきりでした

生きている限り 人間としての尊厳もあるのです
でも病には勝てないのです

同じ気持ちにまではなれないけれど 愛がある気持ちで接すると
それは通じているものです

看護の日々には頭が下がる思いばかりですが
心ない接し方をすると そのことは必ず通じています

誰でもいつかは通過?しなくては ならない道(未知)なのだとも・・

自分も そこそこの歳になってきた今 大好きな叔母を近くで見て 
複雑な思いでいます

10.9.10
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