「元気でいてね」

叔母は 遠くの施設に(特別養護老人ホーム)へ移って暫くになります
その後を思い 娘にお願いして行ってきました

山々に囲まれたとても広大な敷地 静かな小高い所
施設内も明るくて清潔で爽やかな感じです

部屋に娘と 孫と3人で入りました
娘たちはこのような施設へ入ったのは初めてでした

お昼過ぎの叔母はぐっすり眠っていましたが
折角出向いたのでと思い看護士さんに伺ってみると
「午前中 車椅子であちこちと出歩いて 入浴もしたのできっと疲れたのかなぁ?」・・って
いいながらも 大きな声で揺り起こしてくれました
叔母は 半分薄目をやっと開けて「やかましい」・・言って 笑わせました
眠たくて とても無理なので帰ることにしました

娘は 以前の元気で優しい温厚な叔母を思い
脳梗塞で倒れて二年半も経ち変わった姿に びっくりした様子でした
頭はまだ頭蓋骨を外してあるので 右の方がかなり凹んだ状態です

そして施設内で生活している大勢の人たちは三々五々 
自由にしてて 誰とも会話もなく 寡黙にぽつん・・と
初めてのホームの訪れは違う世界だという現実に出会いました

「お母さん 元気で自分のことが出来て 美味しいものが食べられる・・って
本当に幸せなことだね 元気でいてよね」・・娘 
ぽつんと言いました

ちょうどそんな折り ”特別養護老人ホーム常勤医”(石飛幸三氏) のお話が新聞に載っていました

家族が 高齢者の世話を出来なかった時の駆け込み寺が特養ホーム
どうしても認知症が多くなります
しかし認知症はあなたはこの道で亡くなりなさいと神様が最後にくれた贈り物だと思いますね
90歳近くなればみんなぼけてきますよ その事実を冷静に自覚すべきです
苦しまず静かにしぼんで乾いて最期を迎える
(原文のまま)

それから 物を食べなくなってから無理に食べさせようとするけれどそれは違う・・
胃へ穴を開けて「胃ろう」までして 長生きさせてどうなるんですか?・・とも
(私なりの抜粋)

高齢者も自分の最期について自筆で書いて印を押し誰かに渡して置くことです
自分の意志をきちっと書いておく それは死としっかりと向き合った証拠ですから・・・
ホームは医療がどう逆立ちをしても手が届かなくなった人々
生物として行き続けることが難しくなった人々
そう言う宿命の人が最期を迎える「ついのすみか」であるべき施設です
「平穏死は人生の最終章」
(原文のまま)

まだまだ詳しく書いてありましたが 自分も含めて 誰もが行く道だからこそ
う〜んなるほど・・
考えたくないけど・・(本音)考えちゃいました

叔母は まだ胃ろうもしていないし 喜ぶことも 話すこともできるし
まだまだ大丈夫です
が 娘との対話や新聞をみて思ったことは
誰もが必ず来る そして誰にとっても未知の道なのです
こんな機会で先を一考することも しかりなのかなとも・・

「元気でいてね」
「はい そうありたいです」

11.8.10
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