じたばた!

台風も被害を残して少し遠ざかったのか 外も明るくなってセミが盛んに鳴き出し夏を謳歌し始めました。
このセミの合奏が始まると 例年梅雨明けが宣言される、 さてと今年はどうなのかな?

雨降りになると 大好きな叔父さんも きっと話し相手が欲しいだろうなぁ...と長電話!
4月頃から 体調を壊して約2カ月の入院でした。

直腸を手術し、先生の手術の中(今年)3つの指入るほど大変な手術だったようで
加齢組(85歳)でもあり、それに伴った合併症を医師もとても心配されました。

でも順調な回復ぶりで退院して約2カ月、今日は一人で車に乗って 鍼灸の施術に行かれた。
庭の雑草も気になり 少しずつ抜きはじめて もうあと少しになったとか、
入院中に思うことは家に帰ってぼつぼつと庭の雑草が抜けるようになれば いい
それが夢だと言っていました。

退院して約2カ月の間にもうその夢が実現できた喜びは格別のようでした。
ほんとうによかった。

そして叔父の相棒の叔母のことに、いつも話が繋がります。
叔母は4年ほど入院(施設にも入ったりと)その間は叔父は日課のように、
病院や施設に行ったことなど、ほんとうによくやりました。
叔父にも改めて感謝したり...と 話は尽きません。

その叔母はこの9月で逝ってから早くも2年になります。

先日認知症のことテレビで観たとき 叔父や叔母のことに重なりました、
叔父は同じ立場になり 否定しない ありのままを受け入れるなど など...

叔父のあの介護ぶりは 叔母も多少の認知度もあり、寝たままの状態の叔母と
対等な位置になって毎日会話を持ち、気持ちがしっかりした中で生き延びられた命は
周りのいい環境や看護にも恵まれたこと また 叔父の気持ちの豊かさだったこと改めて思い知らされました。

そして叔母とは いつものようにまた”明日来るでな” と病室を出た叔父、
それが最後に交わした会話になり、亡くなった知らせは信じたくなかったと。

その後 ”ごー”と けたたましい轟音で この世から あの世へ旅立つ葬儀場へは行きたくない。
それは昨日まで話が出来ていた女房、 そんな骨になってしまう女房の姿を見れば
俺は 気がおかしくなって 叫んで わめいてきっと 失態することになるから 行くのを止める と。
葬儀場へは行かなかった。いや行けなかったのが本当なのかも知れません。

これを聞いたとき鳥肌が立つほど 言いようのない深いものを感じました。
4年間も 大変な思いもあっただろうに こんな深い愛情があって、
半身不随で自由を奪われた叔母だけど、 さぞいい晩年だったこと忍ばれます。

でも と 私はふと振り返って考えてみたのです。
今 後期高齢者の私には理解ができて
「そっかぁ〜いい話だな...そうあればいいのになぁ〜」って
感心して 考えてみたり 気持ちは今でこそ その立場にたてました。

そして どうのこうの思って じたばた しても
看てくれる立場の人がその気持ちに 理解や あの 豊かさがなかったら ダメなんだよね。
と! 今は思う!

2015/7/17 up