おばぁちゃん

数日前 小学校 中学校 9年間同じ学び舎の同窓会があった。
どの顔も見慣れた顔ばかりで珍しいこともないけど 次々と話題も途切れることもなく大盛り上がりの会であった。
長い人生を歩んできて 終盤であろう喜寿の同志
地元では農家が多いので まだまだ現役で頑張る彼もいた、
その彼の意気揚々には驚いた。
田んぼ30町歩?(聞き違い?)(農家をしない若者ばかりなので村ほとんどだって)
どれほどのものか想像もつかない作業
また 村の人が出来ない畑も全部引き取って面倒をみているとか、
そのパワーはどこからか底知れないこと唖然だった。

よく日の出と共にと言うけれど日の出前には田や畑に出て
村でも有名の働き者で通っているようだ。

歳だ 歳だと騒いで 億劫がっている自分に”かつ” が入る瞬間でもあった。
そして後期高齢者と銘打ってどこでもここでも 認知症との縁もあなどれない昨今
目が醒めない訳がない。

でも夫々に 親から貰った命 環境 境遇 自らの努力などでここまで来た人生をふと顧みる時でもあると思った。
終戦を6歳の頃 迎えた私たちは、親と共に半端ない苦労の時期を過ごしたことは言うまでもない。
校庭ではさつま芋を作り お弁当は 米少々 さつま芋 麦ご飯  お弁当もやっと
おかずは かきこ(オカカ)と梅干し のりが入ればいい方で 卵は遠足のときしか...
成長期には酷すぎる食事であったことや
高校進学も3分の1の進学率だったように思う。

そんな厳し時代を経ているので少々のことはへこたれない訳である。
この厳しさを過ごした友たちは少しばかりの苦労はいとも簡単に通過できるのではないかとも思う。

私もへこたれなくてやれるようになった パソコンにも この心意気が入っているのかな?
(最近は面倒が先にたって尻込み気味ではありますが...笑)

加齢組では 旅行などのときの面倒なものは誰もが出来ないから
重宝がられて習ってよかったと思う。

それと子供の頃今の世ではない苦労をしたことが
一つずつ積み重なり 現在の自分に生長した証なのかも知れない。

そして ”生き方がいい”  と この時も言ってくれた、
愚痴をいう訳でもない 悪口を言うわ訳でもない と 前向きでさっぱりしていて...
お褒めを貰って 愚痴る訳にもいかなくなった(笑) 
いいところだけ見えるのよ ハハハ

ところで この会席(食事の接待)の時 お姉さんが友の足を踏んだ(私からみたら 40代後半?)
「おばぁちゃん ごめんなさい」ポンと肩を叩いて言った...と
失礼しちゃうね  おばぁちゃんって...だって!

どう見てもこの世代になると おばぁちゃんに見えるのは確か、
そんな加齢族だけど まだまだ一丁前に思い 年寄り呼ばりだけは して貰いたくないのも本音!
彼女は(友)憤慨していた。

家族からはおばぁちゃんだけど (笑)

2016/1/22 up