ネパールのラムさん、ありがとう!

暮れも押し迫った日、我家へネパールの青年が訪れることになりました。

息子は幼い頃から海外へはどんな形でもいいから、必ず行きたいという夢を持っていました。
会社に勤めてからもその夢は捨てることなく、青年海外協力隊という形で、
通信分野の仕事で行くことになりました。

話しはちょっと横にそれますが、20〜30kgもありそうな、引きずるだけでも簡単ではないような、
荷物を背負って出掛けた姿は今でも、忘れることが出来ません。
まして何の予備知識もない親の私達には、発展途上国に行くというだけで、
ただただ命の心配をして、後ろ姿を見送るのが切なく感じたことを思い出しています。

その間 3年弱の月日をネパールで元気に過ごしてきました。
今の私達には想像もできないような、ちょうど私達の終戦直後のような現地だったそうです。
乗りものはなく、ひたすら荷物を背負って歩くのだそうです。何時間も・・・
首都のカトマンズでは、ガタガタ バスが走っていましたが、いつ来るというあてもなく、
また来てもいつ止まってしまうかも知れない、そんなバスだったようです。

息子が始めにホームスティをさせていただいたお宅の、青年(ラムさん)が我家に来たのです。
ラムさんは(27歳)大阪産業大学で ”風力発電” について、学ぶのだそうです。

その彼が我家の息子夫婦 孫達とユニバーサル(USJ)で一日一緒に遊び、
また日本古来の杵つき餅の体験へ連れて行ったりと、すっかり打ち解けて 
ワイワイと弾んで我家へ帰ってきました。
彼も私の顔をみて、何年も前からの知り合いのように、にこにこと、お腹の底から
嬉しそうな、ほっとした表情を見せてくれ、またとてもハンサムな彼でした。

夕食は、私の作った手巻き寿司で、娘一家も訪れて、それはそれは、賑やかな夕食になりました。 
孫をはさんでゲームをしたり、また お話をしたり、これがまた問題で、ネパール語は勿論のこと
英語など全く縁遠い私には、トンチンカンなことばかりで・・・でも なんとか通じるもんですね〜
英語の単語を並べて話しますが判らなくなると息子の出番です。
息子もネパール語が多少判る程度で、口ごもりながら反復しているうちに
お互いの顔が緩んで、判ったという顔になります。
息子も使っていないから、忘れてしまっているらしい。

彼は風力発電の研究で国から優秀な留学生として派遣されたのです。
しかし、一番ではなく、このラムさん二番目に優秀だと聞いて、大笑いでした。
翌日は私の家から比較的近い、日本一の風力発電のある所に一緒に行ってきました。
とても熱心で、”何ひとつも漏らさないぞ” という熱心さが伝わったきました。
こんな青年がいるネパールは、未だに電力が不足していて
この彼の力強さをみて ”がんばって!”と 応援したくなりました。
明るい将来がきっと開けると確信しています。

帰りには新幹線乗り場まで皆で見送ってきましたが、なんと すがすがしくて、
 まるで親子、兄弟のような親密感があって別れが惜しくて、困りました。
たった3日間のことでしたが、国が違っていも 言葉が通じなくても 
信じあえて、暖かい温もりをいっぱい戴きました。
ラムさんありがとう!
何回も云ってくれた ”一緒に行こう・・・” が嬉しかったよ〜

ラムさん、国のために頑張って、風力発電に貢献ができるといいね〜。
応援しています。

 04.1.05