「閉所恐怖症」

ネット友人のKさん 戦争があった時代のことを、思い出されて詳しく書いておられました
そのお話に触れたとき半世紀以上前のことが”ドキッ”とする位 鮮明に思い出されました
私もあの鮮烈な記憶を書き留めて置きたくなりました

私が7歳になる直前に 終戦を迎えました
家は農家で暑いさなかの8月頃の事、母は田の草(稲田の雑草)取りに出かけて行った
けたたましくサイレンがなり出すと地面に這うように また沢沿いに身を隠して 
背中にはイ草で作ったゴザを背負い 小さくなってやっと家に辿りつきます
子供心に早く早く・・・祈るような気持ちで母を待っていた気がします

また終戦間近のことだったと思いますが 夜中に何時もと違う気配に
父母は子供8歳を筆頭に5人をリヤカーに乗せて、ひたすら北の方向へ走りまくって逃げていきました
小高い堤防より東の方向を見れば 空は明るく真っ赤に見えるのです
わぁ〜わぁ〜云いながら 父はリヤカーを引き 母は後ろを押して堤防を走った覚えがあります
後日あれは静岡の町に焼夷弾が(?)落ち、大きな火事となったと聞かされました

今考えてみると 大きな町ほど狙われ易いと、山の方へ 山の方へと逃げれば安全だと
父母は考えたに違いないのですが リヤカーで逃げたぐらいでは幾らの距離でもないのに・・と
可笑しくもありますが、父母は子を守るのに必至だったのだと思います

いつも 夜は裸電球に覆いを被せ 下だけがぼんやり明るく見えるようにして
外に灯りを漏らさないようにどの家でもしていたのです

また家の裏には防空壕が(まっ暗い)掘ってあり、サイレンの知らせでそこへ避難するのです

学校が危ないと小学校に入学したばかりなのに、お寺での勉強でした
勉強はどうしてやったのか 全く覚えていないのに 防空壕へ押し込められて
怖くて怖くて泣いてばかりいた事を覚えています
息が詰りそうで死にそうでした

また終戦後 田舎のことでもあり 映画館などはないため、学校で暗幕を引いて映画が行われました
怖くてイヤでいつも 出入り口の明るいところに座り込んで 映画など  まともに見たことありません
貧相な幼少時代を過ごしたものだと・・・笑

これが私の現在でも引きずっている「閉所恐怖症」なのではないかと思います
飛行機が嫌いで狭い所や暗いところへ入る気持ちが、とてもイヤなのです
胸が詰って息苦しくなってきて困ります

60年も経っているのに これは怖かった潜在意識の中で一生涯持ち続ける心の障害なのか
戦争が如何に恐ろしくて、どんなに大勢の人の命が、また健全な精神が奪われているか
推し量れないものがあるのでしょう

やれやれ・・私の飛行機の旅は永遠に葬られそうであります
(今までに4回ほど乗った覚えがある飛行機 私一人だけ ゲボッ! プッ^^;)

05.11.16